常温常湿希望

温度20℃湿度50%が理想です。

博物館網走監獄

ホテルのチェックインまでもうしばらく時間があるので、網走市観光続き。

博物館 網走監獄は「北海道開拓と監獄受刑者」をテーマとした天都山麓に位置する野外歴史博物館で、網走刑務所の旧建造物をそのまま保存公開しています。

入場の際に貰った散策マップをみて愕然となりました。かなり広い。じっくりコース約90分、早まわりコース約60分とあります。しかも、建物を見るところだから、外を移動しなきゃ文化財が見られない。悪天候の時に来ちゃいけない場所でした。気づくの遅すぎ。

 

(◎は重要文化財、◯は登録有形文化財

《正門》
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現在の網走刑務所と同じものだそうです。正門の建物は両脇に部屋があって、それぞれ監視部屋と面会部屋になっています。

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館内にはリアルな蝋人形があちらこちらに置かれていて、当時の職員や囚人の様子をリアルに再現していました。やけに存在感があるので、ふとした時に視界の隅に入ると心臓に悪いです。

 

《◎庁舎》

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明治期の官庁建築の典型で、木造平屋の寄棟瓦葺き屋根で屋根窓がある。正面は切妻破風で半円アーチのドーマー窓があり、その下に同じ意匠の入母屋屋根の車寄せポーチを作っている。水色とグレーの外観庁舎は「最果ての不夜城」と呼ばれたそうです。

庁舎には囚徒が切り開いた北海道開拓の歴史と、重要文化財の見どころを紹介した展示コーナーがあります。 

 

《旧網走刑務所職員官舎》
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看守長屋と呼ばれ、一軒の広さは9坪。

 

《◎網走刑務所裏門》《○哨舎》
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通称「通用門」と呼ばれた裏門は、赤煉瓦門塀製作開始の大正8年(1919年)に着工した門で、その後5年をかけて収容者が煉瓦を積み、全長1,080mの赤煉瓦の塀を完成させました。哨舎は出入り口や作業場にあって収容者の行動を監視する場所です。ここの哨舎は昭和60年頃まで実際に使用されていたものなんだそうです。


ここにきて吹雪がますますひどくなってきたので、じっくりコースを断念し、早まわりコースで監獄歴史館へ。

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ここでは監獄の歴史や当時の囚徒の暮らしや作業を紹介しています。

《単独室》
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こちらは現在の網走刑務所の居室を再現したもの。

単独室には、原則として1名で収容されます。網走刑務所の新しい単独室の部屋の広さは7.52㎡(約四畳半)です。現在、日本の刑務所は、単独室の数を大幅に増やし、被収容者の居住空間の向上に努めていますので、網走刑務所においても単独室は938部屋となり(平成22(2010)年1月現在)、共同室に比べ格段に多くなっています。

各室内には机、布団が置かれています。被収容者は身の回り品の他、室内装飾品として写真や花瓶を置くことが許されています。

 

《鉄丸》
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屋外作業時の収容者の逃走防止に使っていた鉄球を装着体験できます。

作業地への移動は、目立つように黄色の囚人服を着せられ、顔が見えない笠を被せられて両手を繋がれます。

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囚人服の試着コーナーもあります。

 

《◎舎房及び中央見張所》《○哨舎》

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五翼放射状官舎の入り口とです。せっかくの建物ですが、あまりにも吹雪いて撮影場所を選ぶ気力もなくなりました。

《中央見張所》
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この建物は中央見張所を中心に側面から後方に放射状に建つ五つの木造平屋建ての舎房からなり、間を渡り廊下で接続しているため五翼放射状房と呼ばれています。雑居房と独居房合わせて226房、最大700人を収容可能だそうです。

《舎房とストーブ》
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天窓が高い分、冬は余計に寒々しい。

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竪格子は平行四辺形断面もしくは「く」の字形断面の格子となっており、換気や暖房に配慮し、廊下に立つ看守からは中が見えつつ、向かい房同士の収容者が見通せない工夫がなされています。

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いくら廊下にストーブが入っているとしても、こんなぺらぺらの衣服で寒さをしのぐのは、それだけで懲罰のようなものだったと思います。

 

《○煉瓦造り独居房》
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懲罰房で窓がなく光が入らない暗闇。規則違反をした人が入れられる。収容者が最も恐れた場所。

 

本当は庁舎にあったミュージアムショップにも行きたかったのですが、途中尻餅をついたりしたもんだから、道を戻る気力もなくて断念。二度目があるなら、次は天気の良い日に行きたいです。

北方民族博物館

急遽、旅行に行けることになったので、JALどこかにマイルに申し込みましたところ、徳島、秋田、釧路、女満別の4択で女満別空港に決定しました。いつもの半分6000マイルで行けるなら、どこだってありがたい。

しかし、出発前日北海道の天気は大荒れ。札幌なんて50年ぶりの積雪とかいう状態で北海道・東北地方は軒並み欠航。当日も午前中の北向きの便は絶望的な雰囲気でしたが、女満別行きは途中で引き返す可能性を残しての条件付フライトとなりました。心中穏やかでない空の旅でしたが、無事に女満別に到着。機長、グッジョブです!

 

かくして、吹雪の中、網走市北方民族博物館に行きました。この時、網走市の気温はマイナス1度で、風速8メートルでした。外で写真を撮ろうもんなら頬に粉雪が石礫のように当たって痛いのなんの。

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天気の悪い日ほど博物館はありがたく、いつでも完璧な空調です。暑いのを嫌って精密機械を扱う仕事に就いたくらい軟弱な私に、博物館巡りはぴったりの趣味だと今さらながら思います。

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展示室入り口の前に「いろいろな毛皮の手触りを体験してみよう」と動物の毛皮が置いてありました。

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アザラシの毛皮は硬く丈夫そうで、毛並みに沿って触るとつるつるしています。トナカイのは厚みと弾力があっていかにも暖かそう。これは着てみたい。そして、クロテンの毛皮は柔らかくて繊細。直に柔らかい肌に使いたくなります。この毛皮がどれほどまでに北国の暮らしに必要なものか、吹雪の中を来たので実感しました。

 

展示室入り口です。

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お面のようなものが飾ってありました。
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さよなら絶望先生のうろおぼえのペンギン!(違

 

北のクロスロード

人類の北への進出には暖かい衣類を作る技術が欠かせませんでした。そこで、「北のクロスロード」のコーナーでは北方民族の意匠が展示されていましたが、それが実に素敵な展示で、まるでアウトドアブランドのブティックみたい。民族衣装の展示とはいえ、おしゃれなものばかりです。

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《ナーナイ花嫁衣裳》

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帽子からブーツまで凝った刺繍が施されています。背中に氏族の繁栄を願う「氏族の木」の文様がありました。

ウィルタ族の衣装。》
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暖かそうだし、なによりデザインがかわいらしい。これは着てみたくなります。

 

特殊な素材を使った服も展示されていました。

《腸製衣》
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アラスカのイヌイト族が作るアザラシの腸を使った防水製の服です。

水上での漁や舟旅のさいに、着用される防水性に富んだこの衣服は、おもにアザラシの腸から作られる。チュクチやアリュート、イヌイトなど北太平洋から北極海沿岸で海獣狩猟を行う民族に多くみられ、腸の継目は水の侵入を防ぐように厳重に縫い合わされている。

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防水紙のような質感です。

 

《魚皮衣》
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沿海州のウリチ族の衣服です。

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近づいてみると模様がおしゃれです。どれくらい柔らかくしてあるのか、触って確かめたかったなあ。

 

《樹皮衣》
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アイヌ刺繍です。色も刺繍も質素ですが、このなにやら不思議とデザインに惹かれます。それにしても、実に固そう。防寒性は期待できそうにないので、こういうのは夏用なんでしょうか。

高緯度にありながら比較的温暖で、樹木の多い北アメリカ北西海岸では、木の内皮を割いて織った衣服が用いられていた。素材はヒノキ科の針葉樹が多く、ケープや巻きスカートのような単純な形をしている。また、アイヌには、オヒョウなどの木の内皮やイラクサなどの草から織ったアツシとよばれる服がある。

 

《イヌイトの竪穴住居》
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左側が入り口になりわずかに膨らんでいる部分(犬が休んでいるあたり)が通路(トンネル)。その下に空間があって貯蔵庫になっている。地面に丸く飛び出して掘られている部分が台所。右が居住空間の主室。約5畳で5名程が暮らす。屋根にはアザラシの腸で作った天窓がある。

この復元住居は、北アラスカの海岸地域に住むイヌイト・タレウミウトの一家族用の伝統的な冬の住居をモデルとしている。

永久凍土を掘り、そのなかに流木や鯨の骨などで枠組みを作り、最期に全体をおおうように芝土をつみあげて作る。最も深く作られたトンネル部分には、外の寒気が居住空間に入るのをさえぎる効果があり、またそこには台所や貯蔵スペースがもうけられている。ただし、実際のトンネルはもうすこし長い。

通路(トンネル)部分と台所。横に渡した梁の支柱は鯨の下顎骨。台所の木が組んであるところに吊るしてあるのは鯨の肩甲骨で、それが台所の屋根になる。

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環境と調和した北のくらし

このコーナーにあるマジックビジョンでは18世紀のグリーンランドの一年を紹介するビデオがありました。冬はアザラシ狩りをし、氷が溶けるとカヤックで移動し、夏の居留地では川を遡上する魚を獲ったりベリーを採集していました。冬と夏で居留地を移動する生活は、まさに限られた食料を巡っての暮らしです。

そんな狩猟生活の中で、動物界を支配する神の概念が発達します。クマ送り(イヨマンテ)やシャマニズムの儀礼に使われる道具や衣装の展示もありました。

《呪術用護符 イヌイト族 グリーンランドf:id:Melonpankuma:20161226170106j:plain
かわいい。ミュージアムショップで売ってたら、レプリカでも絶対買うのに。

 

アザラシ狩りのビデオもありました。f:id:Melonpankuma:20161226170101j:plain
犬が役立ったり邪魔したりしているのが面白かった。

《雪眼鏡 イヌイト族》

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北の自然の中で

最後のコーナーには、文化の継承として、伝統的な装飾を施した工芸品が展示されていました。
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サミ族の伝統文様が入ったトナカイ角製スプーンです。

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このスプーンもほしかった。

 

まだまだたくさん写真を撮ったのですが、限がないのでこの辺まで。こちら、期待以上に楽しめて大満足。工芸品などが好きな方には必見の博物館でした。

火焔型土器のデザインと機能@國學院大學博物館

天気良いし自転車でチャリチャリと國學院大學博物館の特別展示火焔型土器のデザインと機能展に行ってきました。

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近くをよくウロウロしているくせに、こんなところに博物館があったとは知らなんだ。 博物館巡りなんて趣味を持たなきゃ、一生気づかないままだったかもしれません。 

 

国宝をはじめとする縄文土器が展示されていました。

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平成28年度、縄文時代中期の火焔型土器などを構成文化財とした『「なんだ、コレは!」信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化』が信濃川火焔街道連携協議会の申請により文化庁の日本遺産に認定されました。本特別展は、それを記念し、火焔型土器や同時期の土偶や石棒などの出土品を通して、その実態と魅力を多面的に紹介します。

 

《◉深鉢形土器 火焔型土器 笹山古墳 縄文時代中期》

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火焔型土器とは燃え上がる炎のような形状の土器を指し、口縁部に鶏冠状把手や鋸歯状突起があり、胴部には隆線文による浮彫的な文様がある。

装飾の凝っていること!容器の概念を逸脱しているとは、まさにこのようなことですね。とても美しい。器を焚き火の中に浮かせて置いた時に、器の形に沿って炎が立ち上がる様子をそのまま写したかのようです。それにしても、どんなひしゃくを使っても注ぎにくそうな形。明らかに日常的に使うなんて思いませんよね。でも、実際は発掘される流域にこんなのばっかり出てくるそうで、どうやらこれがフツーだったそうなんです。信濃川流域はデコり文化発祥の地ということで。

 

深鉢形土器 火焔型土器 堂平遺跡 縄文時代中期》

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こちらは重文。上のと比べるとやや幅広です。ちょっとした揺れで転がりそうで怖いです。

今まで縄文土器を造形として見たことがなかったのですが、こう改めて見ると、すごいですね。頸部の隆線文が渦を巻いたりS字に曲っていたりするのが器の底部でとぐろを巻く炎のようだし、胴部に垂直に引かれた模様も、器に吸い込まれるように立ち上がる炎を写していて。この造形を始めた人の偏執的な感覚がたまらない。見れば見るほど炎の表現に感心します。

はぁ、キャンプに行きたくなってきた。

 

博物館内は、他にも常設展示物がたくさんありました。

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ボリュームのある順に考古学、神道國學院大学校歴にまつわる品が並べられています。特に考古資料はかなりの量。神道の展示物は珍しいものが多く、しかも私には興味がわくものばかり。今回あきらかに勉強不足だったので、また改めて見に行きたいと思います。

野口哲哉展 ANTIQUE HUMAN@ギャラリー玉英

骨董通りギャラリー玉英で開催中の野口哲哉展 ANTIQUE HUMANに行きました。

blog.livedoor.jp

こちら、もう終わっちゃいましたけど記録として投稿しておきます。

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歩道から丸見えです。覗きたくなるかわりに、入るのにやや勇気が必要。

 

最近、Twitterで猫を散歩させる侍のイラストが話題になっていました。そのタイミングで開催された様子。

昆虫採集されたように小さな武者が標本になっていました。その武者の顔が良いのです。先日最終回を迎えた真田丸の、内野聖陽演じる家康みたいな。まさに、そこにいそうな雰囲気に惹かれました。

ジ・アートフェア +プリュス−ウルトラ2016@スパイラルガーデン

先週の話になりますが、スパイラルガーデンに行きました。

the art fair +plus-ultra(ジ・アートフェア +プリュス―ウルトラ)は、信頼と実績を誇るギャラリーが、優れた作品を紹介するカテゴリ+plusと40歳以下のディレクター個人を出展単位とする、世界でも類を見ないカテゴリultraの2つの異なる部門からなる統合型のアートフェアとして、毎年、国内外から多くの来場者を迎える話題のイベントに発展してきました。

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多くのギャラリーが出展していて、ネット等でちらちらと目にすることがある新進の作家の作品が並んでいました。

 

Gallery花影抄のブースにあった、かわさきみなみさんや永島信也さん、ギャラリー門馬&ANNEXのブースにあった経塚真代さん、NANATASU GALLERYのブースにあった田中幹希さんの造形作品が記憶に残りました。

会場がざわついていて集中力がなく、さらに表現がどぎついものを受け入れにくい状態だったので、写真も禄に撮らずに足早に退出。

 

結果として、今回の表参道散歩はこっちがメインになったかな。

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クチューム 青山店

食べログ クチューム 青山店

江戸絵画の不都合な真実 狩野博幸著

私は、人の名前を覚えるのが大の苦手なので歴史は不得意です。歴史の本といえば真っ先に「逆説の日本史」を思い出して、あれは面白かったなあと思う程度の興味しかありません。なので、狩野博幸著「江戸絵画の不都合な真実」を手にした時も、心の中に論証よりもロマンを楽しむものだろうという考えがあったのは事実です。

江戸絵画の不都合な真実 (筑摩選書)

江戸絵画の不都合な真実 (筑摩選書)

なので、最初は麗しき花実楽園のカンヴァスのようなフィクション物と同系列の感覚で軽く読み進めていました。時に現れる語彙の荒さを読み飛ばすこともあったので、なおさら。私にとっては、扇情的に書かれた文章は信憑性を下げるのです。しかし、論証の確かさからこの本はマトモだと思い直し、あわてて作者を確認して著名な美術史家だと知り、今京博で開催している若冲展の監修をされているのはこの方かとようやく思い当りました。人名を覚えるのが苦手なので、よくこういうことをやらかします。

 

この本では、岩佐又兵衛、英一蝶、伊藤若冲曾我蕭白、長沢蘆雪、岸駒、葛飾北斎東洲斎写楽について章が割かれています。私が愛する洗練された数々の作品を生み出した絵師ばかり。しかし、この本から浮かび上がってくる絵師達は、それぞれに人間臭い複雑な事情を抱えています。若冲の絵などを見ているとあまりの完成度に、天才として、自分達とは違う別の神々しいものとして見たくなる気持ちが生まれてきます。そうじゃない、絵師達は温かい血の通う人で、それぞれに複雑な世の中を生きた人達だったと、この本は訴えます。

どの章も興味深い話ばかりですが、中でも英一蝶の宗教に絡んだ逸話には引き込まれました。時の為政者や伝統的な門下の絵師から見ての「不都合」な話は、一方でその絵師が無視できない存在であるがゆえのこと。英一蝶の風俗画の本質が「伊達を好んでほそ」いところであったというのにも惹かれました。

写楽については、未だ「謎」とされているのに辟易とされているのが、読んでいて面白かったです。商業的にはミステリアスにしておいた方が話題になるので、今後も展覧会などでは「謎」のままにされそうですね。

見立とやつし

先日、東京国立博物館仮名手本忠臣蔵に見立た浮世絵をいくつか見ました。その中の名称に、三つ「見立」、一つ「やつし」と入っているものがありました。

その後、資料館で「図説『見立』と『やつし』日本文化の表現技法」という書籍を目にし、その違いが気になったので、調べてみました。

 

この本で扱っている「見立」「やつし」の問題は、国文学者岩田秀行氏が見立と仮題がついている鈴木春信の浮世絵の中で、本来はやつしとしなくてはいけないものが混ざっていると、「見立絵」の概念規定に異議を唱えたことに端を発しています。

この本の「はじめに」で国文学研究資料館教授である山下則子氏は、

「見立」「やつし」を一言で定義することは難しいが、あえて言えば、「見立」はあるものを別のものになぞらえること、「やつし」は昔の権威あるものを現代風に卑近にして表すことと言えよう。

として、浮世絵の「やつし」として、風流、今やう、其姿紫(そのすがたうつし)の題があるものを示し、「見立」として擬(なぞらえ)、准(なぞらえ)の題がついたものと、役者を描き、見立、当世と題がついたものを示した。

 

国際浮世絵学会常任理事の新藤茂氏は、見立を Correspondence やつしをTransformation とし、見立とやつしでは主題と描かれるものの思考順序が逆になると説明し、鈴木春信が活躍した時代に注目して以下のような特徴があるとした。

  • やつし絵とは、主題が姿を変えて描かれた絵のこと
  • 風流やつし絵とは、古典的な題材を当世風に姿を変えて描いた絵のこと(近代以降、見立絵とも呼ぶ)
  • 見立絵とは、異なるものを連想で結びつけて主題にした絵
  • やつしは人間同士に限られる
  • 描かれた人物が有名人なら見立
  • 描かれた人物が無名の人ならやつし
  • 見立は思考順序が逆になっても成立する

以上を踏まえて、題名のない絵に仮題をつける際は、絵師の思考の立場で命名されるべきと主張した(見立として現在名が知られているものの中にやつし絵が含まれているため)。

 

以上、浮世絵の部分に注目して簡単に紹介しましたが、やつしと見立の概念の違いは目から鱗が落ちる思いがし、この本で取り上げられたわけではありませんが、たとえば、春信の《やつし蘆葉達磨》が決して《見立蘆葉達磨》にならないことが腑に落ちて理解が進みました。なにより、私のような浮世絵に慣れない鑑賞者としては、その区別がつくことで、やつしであれば主題の背景を踏まえて観ることが求められるし、見立てであればコスプレ写真のようなもので主題のシーンを切り取っただけと思って観ればいいのだと、描かれている絵の解釈範囲のヒントが得られたのが有意義でした。