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ミュシャ展@国立新美術館

六本木・青山・広尾 国立新美術館 東京23区内

国立新美術館です。Twitterで初日やたら混雑しているような印象を受けたので朝早くに出かけてみたら、門さえ開いていなかったという。先走りすぎました。開門は9時半です。その前に行っても無駄。似たような境遇の方達と寒さに震えながら開門までしばし待機。

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www.mucha2017.jp

9時半の開門で館内に入り、二階の展示室前で開場時間まで並んで待ちました。私の前に30人くらいいたでしょうか。この程度なら開場時間に間に合うように来れば問題なかったな。焦って損した気分。
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ミュシャ展は、スラヴ叙事詩チェコ国外では世界で初めて、全20点まとめて公開するものです。本展ではスラヴ叙事詩の展示最終部屋の5作品が撮影可能です。人が増える前にササッと展示室内を移動して、この空間を堪能。実に贅沢な気分です。
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あまりに大きいので、単眼鏡がないと上の方がよく見えません。単眼鏡って細かいものだけじゃなく、巨大すぎるものにも必須なんですね。

スラヴ叙事詩については以下のサイトに非常に詳しい解説があります。

ミュシャを楽しむために:スラヴ叙事詩

 

以下、気になったものについてメモを残します。

スラヴ叙事詩

①《原故郷のスラヴ民族 トゥーラニア族の鞭とゴート族の剣の間に 1912年》
あまりに大きくて単眼鏡を出さなければ両手を広げるスヴァントヴィト像の顔が見えません。青い空の輝きがとてもきれいでした。

③《スラヴ式典礼の導入 汝の母国語で主をたたえよ 1912年》
背景に式典の様子を描き、物語を逆光のようにして描いている。右下に鎖帷子のマントで全身を覆っている戦士がいる。

⑥《東ローマ帝国として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン スラヴ法典 1923年》
スラヴ叙事詩の中で最も明るいトーンの画。ピンク色が多く使われて華やか。映画のワンシーンのようでした。

⑮《イヴァンチツェの兄弟団学校 クラリツェ聖書の印刷 1914年》
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盲人に本を読んでいる青年のモデルは若かりし頃のミュシャ本人と言われています。確かに《自画像》とよく似ています。

⑱《スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナの誓い スラヴ民族復興 1926年(未完成)》
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ハープを奏でる少女は娘のヤロスラヴァ、右の裸体の少年は息子のイジーをモデルにして描かれたそうです。この作品のみ未完。

⑲《ロシアの農奴制廃止 自由な労働は国民の礎 1914年》
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スラヴ叙事詩の製作資金提供者チェールズ・R・クレインの意向により、スラヴ叙事詩の中で唯一舞台をロシアにして描かれたもの。ぼんやりとした背景に凍てつく寒さを感じます。

11時にはこのくらいの混雑になっていました。それでも、展示室内は広いし、作品が巨大なので、観るのには困りません。
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額の隙間を覗いたら、紐でがっちり留めてありました。
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スラヴ叙事詩の後は、ミュシャの自画像に始まり、ミュシャの生涯を振り返る展示が続きます。こちらには大阪府堺市にあるアルフォンス・ミュシャ館の所蔵品が多く展示されていました。堺市のコレクションはカメラのドイ創始者土居君雄氏のコレクションを元にしていて、氏が亡くなった後に寄贈されたものです。なお、その他にOGATAコレクションとあるのは、土居氏のコレクション収集に携わったコレクター尾形寿行氏のもの。

ミュシャアール・ヌーボー

17《ラ・ナチュール 1899-1900年》
ブロンズ製の女神。頭部に大きなアメジストがついた冠をしている。

23《ハーモニー 1908年》
スラヴ叙事詩製作の前に描いたもの。理性と愛の間で調和をもたらすものは英知であるという画家の思想を描いている。聖母マリア教会のステンドグラスにする予定だったが実現しなかった。

Ⅱ世紀末の祝祭

1910年、プラハ市民会館建設にあたり市長の間の装飾をミュシャが手がけた。本展では丸い天井を飾るステンドグラス、8つの穹偶(ペデンティブ)の三角形部分、ドーム形の装飾パネルの下絵が展示されています。

Ⅲ独立のための闘い

40《ヒヤシンス姫 1911年》
女性の描き方が変わる。スラヴ人である妻がモデルになり、丸顔でふっくらした体型の現代的な容貌になった。冠や手にする飾りにヒヤシンスの装飾がある。

53《「スラヴ叙事詩」展 1928年》
⑱のハープを弾く少女の背後に大地の収穫の神スヴァントヴィートが描かれている。手には豊穣の角と剣を持つ。3つの顔を持ち、過去・現在・未来のスラヴの歴史を象徴している(③のスヴァントヴィト参照)

54《1918-1928:チェコスロバキア独立10周年 1928年》
中央の少女は10歳になったチェコスロヴァキア共和国を表す。ヘアバンドには五つの国(シレジア、スロバキアボヘミアモラヴィア、ルテジア)を表す紋章が描かれている。スラヴ菩提樹の葉冠をして背後から花輪を差し出しているのは、スラヴ民を擬人化したスラヴィア。

一通り見て感じたのは、とにかく真面目だなと。人物は全てバレリーナのように、指先、足の爪先にまで神経が行き届いているようなポーズです。表情も真剣で目に力が入っているもが多かった。装飾にも全て統一感があり、その緊張感は隅から隅まで行き届いていて潔癖です。日本美術を好んで観ている私には遊びが少ないのが、異様に感じるほどでした。日本画には笑いどころが何かしらありますからね。

入場から2時間半かかって出口に到着。ショップではレジ前に30分待ちくらいの長い行列が出来ていました。大きな作品をずっと見上げていたせいか腰が痛くて、出てすぐのところにあるベンチでしばし休憩。帰りにチラッと見ましたが、入場待ちはなさそうでした。

疲れたので麻布十番まで戻って、たい焼き。
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熱々のをほくほくしながら食べて、元気を取り戻しました。

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