常温常湿希望

温度20℃湿度50%が理想です。

日本美術の流れ@東京国立博物館 本館

猛暑を避けて上野です。
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東京国立博物館の訪問が丸一ヶ月間が空いて、展示がすっかり入れ替わっていました。一階では「奈良大和四寺のみほとけ」の特別企画展示も行われていて、これは一遍で回るのは無理と早々に諦めました。ということで、今回は本館二階の日本美術の流れだけ。

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円山応挙から近代京都画壇へ@東京藝術大学大学美術館

焦げ付くような陽射しの中、上野公園を突っ切って、東京藝術大学へ向いました。

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円山応挙から近代京都画壇展(キャッシュ)へです。
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okyokindai2019.exhibit.jp

この日、日向は焼け付くような陽射しでした。猛暑に備え薄着で出てきたのが失敗の元。美術館に入った途端に寒気が襲い、3階の展示室を半分ほど回ったところで冷えに苦しむ羽目になりました。そのせいで大乗寺の障子絵以外に目が行きませんでした。途中から腰の痛みを耐えるのが精一杯。地下2階の展示は、ほぼ素通り。

最終的に、一階のテラス席の日向で暖を取る始末。
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辛かった。

上野駅近くまで戻り、ようやく体が暖まったところで梅蘭へ。
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冷えは怖いですねえ。

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徴古館と神宮美術館:お伊勢詣 その8

徴古館

内宮と外宮を結ぶ御幸道路の中ほどにある倉田山。倭姫宮を詣でた後、西の鳥居から出ると、目の前に堂々とした石造り洋館が現れた。まるで小さな赤坂離宮のよう。
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庭園正面に回る。
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徴古館は、明治42年、神宮の由緒と日本文化に関する資料を陳列する「歴史と文化の総合博物館」として開館した。

 

建物は片山東熊・高山幸次郎の設計。当初は、ベルサイユ宮殿を模した前庭を持つルネッサンス式の西洋風建築とされ、東京国立博物館表慶館同様、正面中央にドームを配した高い屋根を持つ鉄筋コンクリート造の平屋、中央奥に貴賓室が配されていた。第二次世界大戦の際に宇治山田空襲で炎上し、収蔵品は全て焼失、建物は外壁を残すのみとなった。昭和28.年(1953年)の式年遷宮を記念し、外壁だけ残っていた状態から修復したが、屋根のドームや貴賓室は再建されず、鉄筋二階建てに変更された。

前庭は迎賓館や新宿御苑の宮廷庭園を多く手掛けた市川之雄による。徴古館二階の休憩室から見るとハート型に見える。

 

展示は、遷宮で撤下された古い御装束神宝、正殿模型、外宮御垣内の御饌殿の部分実物模型、遷宮で解体された本殿の千木・鰹木などが展示されている。その他、戦国時代の式年遷宮復興に尽力した慶光院の清順や周養の勧進についても紹介されている。

隣接する別館では、御代替りを受けての奉祝特集展示として「御大礼」の特別展示があり、御大礼に伴う諸儀式の展示があった。

神宮美術館

徴古館を出て、すぐ隣にある美術館へ向かう。
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徴古館で迎賓館赤坂離宮を意識したせいで、こちらは赤坂離宮別邸のように見えた。

 

設計は大江宏で、日本の伝統的な建築様式を意識したものになっている。銅版葺の錣屋根は緩やかな勾配を保ち、車寄せは唐破風の曲線、美術館とは思えないほど広い窓があって、庭園の池や緑を眺められる造りになっている。

 

展示は式年遷宮を奉賛して伊勢神宮に奉納された絵画・書・彫塑・工芸を収蔵・展示している。今回は、平成29・30年度奉納品の展示であった。

 

疲労がピークに達し、農業館は断念しました。

猿田彦神社と佐瑠女神社:お伊勢詣 その7

猿田彦神社

猿田彦神社は、神宮内宮に至るおはらい通りのスタート地点にほど近い場所にある。五十鈴川駅から20分間隔で出ている三重交通のバスで6分、猿田彦神社前で下車するのが便利。

境内に南面する御木本道路(三重県道32号伊勢磯部線)に社号標があり、一対の護国型狛犬がある。

猿田彦神社の案内板。
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猿田彦神社

鎮 座 地 伊勢市宇治浦田二丁目一番十号
御 祭 神 猿田彦大神(主神) 大田命(相殿)
例      祭 四月四・五日 十一月四・五日
主な祭典 御田祭(五月五日)
     佐瑠女神社例祭(八月一六日)
     清砂頒布祭(十二月五日)

 猿田彦大神天孫瓊々杵命をこの国にご案内された後、ここ伊勢の狭長田五十鈴の川上の地を中心に国土の開拓・経営に尽くされた地主神と伝えられています。
 また大神の御裔の大田命は、皇女倭姫命が神宮御鎮座の地を求めて巡歴されたときに大神以来護り続けてこられた聖地を献り、伊勢の神宮が創建されました。当社はその直系の子孫が祖神を祀ってきた神社であります。
 大神は全てのことに先駆け、人々を善い方に導き、世の中の行方を開く「啓行(みちひらき)」の神として識られています。
 その進行は全国的な広がりをもち、方位除・災除・地鎮・事業繁栄・交通安全・開運などのご祈祷が連日行われています。
 毎年五月五日に斎行される御神田(県・無形文化財)も古い伝統にもとづいています。

 

手水舎。
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千社札に混ざって関係なさそうなステッカーがびっしり貼られていました。あまり清められる気がしない。いや、使いますけどね。

 

鳥居の両脇に一対の木灯籠。火袋の窓の組手は十字(神宮はX字)。
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島木神明鳥居で、八角柱なのが特徴的です。

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笠木・島木の木口に神紋のある装飾金物がついています。

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神宮神田:お伊勢詣 その6

月読宮から1.5キロほど北東、五十鈴川に架かる五十鈴橋を渡る。f:id:Melonpankuma:20190826155829j:plain
川上に内宮のすぐ西にある鼓ヶ岳が見えた。左右対称で翼を拡げたようなシルエットが、天孫降臨や天逆鉾の伝承がある高千穂峰によく似ていて、大変驚きました。
参考までに、Wikipedia から高千穂峰の写真をリンクしておきます。

commons.wikimedia.org

 

神宮神田です。
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ここが『倭姫命世記』にある、倭姫命が大神が召し上がる御饌のための田を定めたとされる土地。清らかな五十鈴川の水を引き入れた約三万平米の神田では、毎年地元の人が御田植式に奉仕し、神宮で一年間に行われる祭祀に供える御料米が育てられる。

神田周辺には倭姫命が遷幸された宮跡と目される場所がいくつか存在する。

 

ここには皮がついたままの丸太でできた最も原始的な鳥居と考えられる黒木鳥居が立っているそうですが、気が付きませんでした。
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疲れてたからなぁ。

伊勢神宮 別宮 倭姫宮:お伊勢詣 その5

内宮と外宮を結ぶ御幸道路の中ほどにある倉田山の山頂、倭姫宮交差点から少し下ると大鳥居が立っている。
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鋼鉄製の伊勢鳥居。ずっと下れば内宮に至ります。

 東側には黒門(旧福島御塩焼大夫邸門)がある。f:id:Melonpankuma:20190826160015j:plain

西を向くと倭姫宮の社号標と一之鳥居がある。
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伊勢鳥居の柱には玉串が付き、右脇に木灯籠が一本立っている。

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伊勢神宮 別宮 月読宮と月夜見宮:お伊勢詣 その4

別宮として、内宮には月読宮、外宮には月夜見宮があり、どちらも同じく月読尊(つくよみのみこと)をお祀りしている。月読尊は黄泉の国から戻ってきた伊弉諾尊が禊を行って、その身から生まれた三柱の貴子の一柱で、内宮の御祭神である天照大御神とは姉弟の関係。その名のとおり月の神で、農業に関わりの深い暦を支配する。

月読宮

五十鈴川駅から徒歩10分の森に、皇大神宮別宮の月読宮(つきよみのみや)がある。二つある参道のうち、写真は国道23号線から入る南側の鳥居。
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民家から隔てられ、境内には静寂が広がっていました。
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