常温常湿希望

温度20℃湿度50%が理想です。

高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの@東京国立近代美術館

薄曇り、前売り券を握りしめて久しぶりの国立近代美術館へ。
f:id:Melonpankuma:20190705213707j:plain

高畑勲展です。予習に『かぐや姫の物語』のDVDを観ようかと思いましたが、平静を保てなくなるので観られませんでした。

www.momat.go.jp

(前略)常に今日的なテーマを模索し、それにふさわしい新しい表現方法を徹底して追求した革新者・高畑の創造の軌跡は、戦後の日本のアニメーションの礎を築くとともに、他の制作者にも大きな影響を与えました。本展覧会では、絵を描かない高畑の「演出」というポイントに注目し、多数の未公開資料も紹介しながら、その多面的な作品世界の秘密に迫ります。

 本展は『かぐや姫の物語』の導入シーンに始まり、高畑勲氏とその時代のできごとを表した年表の後、氏が関わった作品ごとに数々のセル画や細やかな文字で書かれたノート類といった資料が展示されていました。所々にテレビアニメのオープニングや映画の予告編の映像があって、音に集中力を乱されやすい私には耳栓必須の展示環境でした。

 

展示中盤にはアルプスの少女ハイジジオラマコーナーも設けられていました。
f:id:Melonpankuma:20190705213709j:plain

f:id:Melonpankuma:20190705213713j:plain

f:id:Melonpankuma:20190705213717j:plain

f:id:Melonpankuma:20190705213722j:plain
ジオラマの横にスイスロケの映像が流れていて、現実にハイジの家があったことに、かなり感動しました。

これらの他、フランスの詩人ジャック・プレヴェールの詩集の翻訳に奈良美智の絵が加わった詩画集『鳥への挨拶』の展示もありました。好きなアーティスト同士のコラボレーション作品だなんて、何のご褒美かと思いました。

 

一周するのに約2.5時間。好きな作品については細かい文字を追って長く佇むこともありましたが、見ていない作品は流し見しての時間です。金曜日の夕方で混雑はありませんでした。低いところに展示されているものもありましたし、細かい文字で埋め尽くされたノートなどを読もうとするなら混んでいないタイミングを選ばないと厳しそう。

 

特設ショップでは、今回“初めて”展覧会の図録を買いました。展覧会での経験は会場と本ブログの中で完結させていたのですが、今回は特別です。本棚にスペースがないので、老眼で読みづらくなってきた本をいくつか廃棄せねば。
f:id:Melonpankuma:20190708164045j:plain
かぐや姫の物語』のグッズもたくさんありましたが、好きなものほど買えないんですよね、不思議と。その点『アルプスの少女ハイジ』なんてのはキャラクターが気に入っているので、グッズが買いやすい。

 

特設ショップを出てすぐのところに、フォトスペースが設けられていました。
f:id:Melonpankuma:20190705213728j:plain

窓からアルプスの山々が見えます。
f:id:Melonpankuma:20190705213732j:plain
このスペースでチーズとパンとスープの朝ご飯を食べたらさぞかしおいしいだろうなと。

魚河岸水神社

神田神社の社殿の回りには、お揃いの石製神明鳥居を持つ七つの末社があります。
f:id:Melonpankuma:20190621172546j:plain

去年の年末に完成した文化交流館のすぐ横にあるのが、魚河岸水神社です。
f:id:Melonpankuma:20190621172442j:plain

魚河岸水神社について。
f:id:Melonpankuma:20190621172447j:plain

魚河岸水神社

御祭神 弥都波能売命(ミツハノメノミコト)
祭礼日 五月五日

日本橋魚河岸水神社は、徳川家の武運長久と併せて大漁安全を祈願する為、魚河岸の先人により武蔵国豊嶋郡柴崎村神田神社境内(今の千代田区大手町)に鎮座された。
 元和年間(一六一五~)神田神社と共に此の地に遷り、大市場交易神と称されその後、水神社と改称し更に明治二四年(一八九一)魚河岸水神社と社名を変更し、日本橋魚市場の守護神として崇敬されている。なお、日本橋より築地に移った築地中央卸売市場内には、当社の遥拝所が建てられ、市場に関わる人々の篤い信仰により支えられている。
 当神社の崇敬体「魚河岸会」の所有する加茂能人形山車は、江戸城内に参内し徳川歴代将軍の上覧に浴し、再三褒賞を賜った江戸の代表的山車であったが惜しくも関東大震災により烏有に帰した。
 その後、昭和三十年江戸文化の一端を永く後世に遺す為、文久二年(一八六二)当時そのままの山車を再現した。隔年に行われる神田際には、その絢爛豪華な山車の全容を拝観することができる。

説明板の設置は平成7年で、まだ中央卸売市場の豊洲移転の件が更新されていませんでした。

拝殿は、銅板葺漆塗りの向拝付き入母屋造り。
f:id:Melonpankuma:20190621172451j:plain
社殿の前には一対の狛犬、さらに天水鉢も置かれています。

狛犬は昭和の岡崎型で阿が玉取り、吽が子取り。
f:id:Melonpankuma:20190622194802j:plain

台座には水神社の神紋。
f:id:Melonpankuma:20190621172504j:plain
独特です。三波頭巴紋とでも呼んでおきましょうか。

油性ペイントされていますが、天水鉢の方が古そうです。
f:id:Melonpankuma:20190621172513j:plain
魚河岸紋は明治三四年九月に奉納されたものでした。角型は丸型よりも割れやすいので、相当肉厚に造られているのではないかと思います。

玉垣は金属製で青海波文様。f:id:Melonpankuma:20190621172518j:plain
最近塗り直された様子。

拝殿から石の間を挟んで神明造りの本殿があります。玉垣越しに拝見。
f:id:Melonpankuma:20190621172540j:plain
つい最近まで文化交流館の工事があって、ここまで回り込むことができませんでした。

珍しいことに、千木が内削ぎです。
f:id:Melonpankuma:20190621172535j:plain
鰹木は五本。棟柱はありません。
 

水神社のすぐ裏にある公園に大きな獣の姿。遠目にグレート・デーンかと思って近づいたら、馬でした。神田神社の神馬、明ちゃんです。
f:id:Melonpankuma:20190621172530j:plain

 

魚河岸水神社は豊洲中央卸売市場に遥拝所があります。
f:id:Melonpankuma:20190621172231j:plain
石製の神明鳥居ですが、扁額が付いています。

築地中央卸売市場が豊洲に移転したのに合わせて、2018年10月に遷座が行われました。
f:id:Melonpankuma:20190628135012j:plain

魚河岸水神社 遥拝所 由来

水神社(すいじんじゃ)の歴史は古く、天正一八年(一五九〇)徳川家康公の江戸入府とともに移住してきた日本橋魚市場の開祖・森孫右衛門ら摂津国の佃村・大和田村の漁師たちが大漁・海上安全と子孫繁栄を祈願して「弥都波能売 命(みずはのめのみこと)」を祀った「大市場交易神(おおいちばこうえきしん)」がその始まりといわれています。

 明治三四年には神田明神の境内に「水神社」本殿が建立され、日本橋魚市場は関東大震災以後に築地に移転し遥拝所を建立、平成三十年に豊洲の現在の地に遥拝所が遷座されました。

 以来、魚市場の守護神として「水神さま」とお呼びし、魚河岸会の人々の篤い崇敬によって大切に守られています。

 尚、毎年二月には神田明神千代田区)境内の水神社本殿にて、御参拝がおこなわれています。また遥拝所でも毎月五日に月例祭、正月・五・九月の年三回に神田明神より神職をお招きして正五九祭が執り行われています。

魚河岸会 

手水鉢は自動給水機能付き。
f:id:Melonpankuma:20190621172238j:plain

社殿は西向きで、築地時代と同じく、方角には特に意図が感じられません。
f:id:Melonpankuma:20190621172241j:plain
社殿の前に一対の石灯籠と狛犬が置かれています。賽銭箱も。

遥拝所の社殿は神明造り。築地時代のものと色が違うだけでほぼ同じに再建したようです。
f:id:Melonpankuma:20190622184234j:plain
神田明神境内の水神社本殿と違って千木が外削ぎでした。水神社のこだわりではなかったようです。

こちらの狛犬は愛嬌のあるお顔をしています。
f:id:Melonpankuma:20190622194849j:plain
吽はともかく、阿がニヒッってお顔しています。仔なしで、どちらも頭に宝珠を乗せている(両方とも獅子型)。肌が黒くてゴツゴツしている上、指が太く爪が鋭いのがゴジラのようで印象に残ります。特徴的にはほとんどシーサーですね。立ち鼻だし。昭和十一年四月、魚河岸会の奉納品です。

 

参考までに築地時代の遥拝所。
f:id:Melonpankuma:20190621172000j:plain

豊洲市場移転前の2018年7月、築地市場水神社遥拝所の魂抜きが行われ、神田明神境内の社殿に仮遷座されました。
f:id:Melonpankuma:20190621172309j:plain
何も知らずに築地市場に行ったら小さなお社になってて、唖然としたもんです。

 

中央卸売市場が築地から豊洲に移転したらどこが氏神になるんだろうと、移転前によく噂していました。豊洲地域は富岡八幡宮の区域と聞いたので、てっきり富岡さんかと。しかし、初競りのマグロを富岡さんまで運んだという話を聞かなかったので、その辺はどうなったのかと心に引っかかっていたのですが、神田神社の境内の説明板に真相がありました。
f:id:Melonpankuma:20190628160736j:plain
赤線を引いた部分、神田明神の氏子区域について築地魚市場とあります。つまり、築地市場神田神社の氏子区域となっていた様子(大田市場も)。ということは、豊洲移転になった現在もそういうことなのでしょう。

波除神社の氏子区域は築地全域に及ぶと聞いていたので、てっきり築地市場内も波除神社の氏子区域だと思い込んでいたのが、そもそもの間違いだったわけです。

波除稲荷神社

築地の氏神様として親しまれている波除稲荷神社。今の季節、ご神木の枝垂れ銀杏が青々と枝を伸ばして、鳥居を覆い隠しています。
f:id:Melonpankuma:20190619214406j:plain
奉納提灯に、築地場外市場に軒を連ねるお店の名前が並んでいます。

冬の写真で鳥居を確認。
f:id:Melonpankuma:20190619214336j:plain
伊勢鳥居です。笠木は五角形で木口が斜めに落としてあります。
f:id:Melonpankuma:20190622184305j:plain

 鳥居の脇に中央区教育委員会設置の説明板がありました。
f:id:Melonpankuma:20190619215728j:plain

波除稲荷神社

           所在地 中央区築地六丁目二〇番三七号

 波除稲荷神社の創建は万治年間(一六五八~一六六一)と伝えられています。築地一帯の埋立てが進められた万治年間、波浪により工事が難航を極めた際、海中に漂う稲荷明神の像を祀ったところ波浪が治まり、埋立て工事が無事完了したと言われています。「波除」という尊称はこの故事に由来するもので、江戸時代以来、航海安全や災難除け・厄除けなどの神として人々に篤く信仰されてきました。
 波除稲荷神社の祭りは、江戸時代から獅子祭りとして知られ、祭りの際には数多くの獅子頭が町をねり歩きました。獅子頭の多くは震災・戦災などで失われましたが、現存する嘉永元年(一八四八)製作の獅子頭一対(中央区文化財)は社宝として本殿に安置されています。なお、現在でも毎年六月の「つきじ獅子祭」では、「厄除け天井大獅子」や「弁財天お歯黒獅子」が巡行されることがあり、獅子祭りの伝統を伝えています。
 また、本殿前にある天水鉢二基(中央区文化財)は、尾張藩船からの積荷の陸揚げに従事した小揚たちが天保九年(一八三八)に奉納したものです。江戸時代、現在の築地市場の南半分には尾張徳川家蔵屋敷があり、米穀や尾張の特産品などが運び込まれていました。船の無事を祈って奉納したこの天水鉢は、波除稲荷神社への信仰を伝える貴重な文化財です。

平成二十二年三月    中央区教育委員会

 

こちらは鳥居をくぐったところにある案内板。
f:id:Melonpankuma:20190621142840j:plain

こちらには、社殿が唯一神明造と描かれていましたが、
f:id:Melonpankuma:20190621142845j:plain

案外、そうでもないような?
f:id:Melonpankuma:20190621142850j:plain
切妻屋根の妻入りの拝殿に、幣殿と本殿が繋がっている権現造です。

社殿横に回って幣殿を覗きます。
f:id:Melonpankuma:20190621142921j:plain
獅子頭一対や青龍・白虎の頭、百馬図などを拝見しました。

こちらにもお稲荷さんが祭ってありました。
f:id:Melonpankuma:20190621143043j:plain

ご神木の枝垂れ銀杏。
f:id:Melonpankuma:20190621142954j:plain
御神木の横にはお歯黒獅子と手水舎。獅子の頭にある宝珠の中に摂社として弁財天(市杵島姫命)の御神像が収められています。

秋が深まると御神木が黄色に輝きます。
f:id:Melonpankuma:20190621172402j:plain

玉子塚の横に小さな神明造のお社があって、4柱祭られています。
f:id:Melonpankuma:20190621143258j:plain

f:id:Melonpankuma:20190621143311j:plain
千木は外削ぎで鰹木が11本ありました。

横から。棟柱はありません。
f:id:Melonpankuma:20190621143324j:plain
小さくとも大変きれいなお社です。

獅子殿。元は神楽殿だったものを基礎から改築したもので、平成2年に新しく造られた大獅子が納められています。
f:id:Melonpankuma:20190621143337j:plain

 獅子殿の両脇にある天水桶。
f:id:Melonpankuma:20190619214228j:plain

棟にある鬼門が六芒星でした。伊勢神宮を意識したものが多い。
f:id:Melonpankuma:20190619214239j:plain

 

波除稲荷神社は浮世絵にも描かれています。

築地波除社境内之図 絵:河鍋暁斎、三代目歌川広重 出版:大黒屋金之助 慶応3年(1867)
f:id:Melonpankuma:20190619212013j:plain
江戸末期に描かれた波除神社は明神鳥居で唐破風の拝殿を持った権現造。社殿や神楽殿の屋根に稲荷宝珠があったりするくらいで、当時から稲荷色がそれほど強くなかった様子が伺えます。社殿に見えるのは鏡、随身像、灯籠など。獅子を強調して祀るようになったのは近年のようですね。鳥居の両脇に天水桶がある辺りがお江戸流。背景に運河や安芸橋と下屋敷が描かれていることから、現敷地の北側に鳥居があったことがわかります。本殿は当時から西向きだったようで、神楽殿(現在の獅子殿)と共に配置は変わっていない様子。

浮世絵に描かれたものではありませんが、江戸末期に奉納された天水鉢が拝殿階段の両脇にありました。
f:id:Melonpankuma:20190619214210j:plain
一対の鋳物製酒樽型の天水鉢(中央区有形文化財)で、表面に施された陽鋳銘によると、深川上大島町の御用鋳物師・釜屋六右衛門(通称「釜六」)こと藤原(太田)正次が鋳造し、尾張徳川家蔵屋敷で働く小揚(尾張国からの船積荷物を陸揚げする作業者)たちが、天保9年(1838)9月に波除稲荷神社へ奉納したものです。

石垣も浮世絵に書かれたものとは形が違いました。
f:id:Melonpankuma:20190619214444j:plain
築地市場開場のタイミングで全部崩してしまったのでしょう。

 

波除稲荷神社では毎月7の日に七福神御朱印が配られます(300円)。年末に、七福神御朱印一枚だけならはがきサイズの枕絵、七種類を集めると宝船の絵馬を頂けます。
f:id:Melonpankuma:20190619221947j:plain
一年で集めるもよし、何年もかけて集めるもよし。

お正月に枕元に置くとよい夢が見られるそうですよ。
f:id:Melonpankuma:20190619221837j:plain

なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな

「長き夜の 遠の睡むりの 皆目醒ざめ 波乗り船の 音の良きかな」は、回文和歌として有名な初夢の歌です。

ちなみに、お正月に絵馬を奉納しようとしましたが、飾るところがないそうで、家に飾ってくださいと言われました。 

江戸の凸凹 ―高低差を歩く@太田記念美術館 その2

太田記念美術館で開催中の「江戸の凸凹 ―高低差を歩く」展に行きました。

f:id:Melonpankuma:20190612152742j:plain

記事が長くなったので二つに分けました。

melonpankuma.hatenablog.com

 

今回は後半です。行ったことがある場所については関連する写真を合わせて紹介します。 

続きを読む

江戸の凸凹 ―高低差を歩く@太田記念美術館 その1

王子エリアの予習をした翌日、太田記念美術館の「江戸の凸凹 ―高低差を歩く」展へ行きました。

www.ukiyoe-ota-muse.jp

本展は、愛宕山駿河台などの山や台地、神田川など河川の周囲に広がる谷、築地や深川などの水辺に広がる低地、江戸見坂や九段坂などの坂といった、浮世絵に描かれた江戸の凸凹-地形の高低差に焦点を当てる展覧会です。現代の地形とのつながりも感じながら、江戸の町を散歩する気分で浮世絵を楽しんでみてはいかがでしょうか。

常日頃、都内の武蔵野断層沿いを中心にウロウロ過ごしている身です。こんなに興味をそそられる企画は他にありません。

しかも、公式からのツイにもあるように、作品リストに付いてくるスリバチ学会皆川会長による地形図がとてもわかりやすいのでした。

 

11時から行われる「学芸員によるスライドトーク」の前に、展示を少しは見ておこうと10時前に到着。
f:id:Melonpankuma:20190609204807j:plain
入り口のシャッターが閉まっています。手前の案内板を見たら開館時間は10時半でした。

しょうがない。時間調整に東急プラザのスタバへ行きます。
f:id:Melonpankuma:20190609204813j:plain
別にお腹は空いてなくても、目の前にしたらついつい食指が伸びる。シトラス&マンゴーのシブーストです。

開館時間になったので、改めて太田記念美術館へ。
f:id:Melonpankuma:20190609204817j:plain
入館すぐに人の流れが地下の階段へ向いていたので、逆らわずに講堂へ。あっという間に会場は満席。立ち見が出るほどの人気企画でした。今回、美術好きだけでなく地理好きも相当来ている気がします。
f:id:Melonpankuma:20190609210304j:plain
地形の話の他に、浮世絵の名所絵と同じ地点の現在を写真で比べてみたりと、スライドトークだけでも十分満足する内容でした。

今回、ほとんど展示会に出したことがないものもいくつか出ているそうです。芸術性はともかくも、テーマに沿えば観賞価値のあるものが多いってことのようです。わかるわかる。そういう視点が増えるから芸術ってのは楽しいんです。

続きを読む

飛鳥山と王子神社、王子稲荷

午後から雨予報だったはずの土曜日、築地まで走ったところでどうやら天気が回復傾向。

melonpankuma-rakugo.hatenadiary.jp

築地の美味しいコーヒー屋さんでダラダラすごしていたら、晴れ間が出始め、午後も保ちそうな雰囲気になってきたので、急遽、王子駅周辺の散策することにしました。

f:id:Melonpankuma:20190608225103j:plain

太田記念美術館で開催中の「江戸の凸凹 ―高低差を歩く」展が面白そうだったので、先に馴染みのない北区を歩きたかったのです。

www.ukiyoe-ota-muse.jp

続きを読む

美を紡ぐ日本美術の名品@東京国立博物館

この日は築地で朝ご飯。

melonpankuma-rakugo.hatenadiary.jp

十分にお腹が満たされた後、上野公園まで走りました。連休でいつもにも増して人が多い。
f:id:Melonpankuma:20190503170627j:plain
そして、暑い。噴水が目に涼しい季節になりました。

いつものようにトーハクへ向かいましたら、入場するのにも長い列ができていました。さすがゴールデンウィーク。稼ぎ時ですね。
f:id:Melonpankuma:20190503170640j:plain

大半が平成館に向かっていたし遠目にもざわついていたので、ちょいと偵察へ。
f:id:Melonpankuma:20190503170636j:plain
40分待ち。あんなに広く会場が作ってあっても入場制限かかるってすごい。昨日NHKで特番の再放送があったから、ブーストかかったのかも。

よかった、まだ空いてるうちに観られて。

melonpankuma.hatenablog.com

本館に戻って、東寺とは別の特別展を観ます。

この日が初日の「美を紡ぐ日本美術の名品」展です。
f:id:Melonpankuma:20190503170631j:plain

www.tnm.jp

続きを読む