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没後40年 幻の画家 不染鉄展@東京ステーションギャラリー

東京駅です。いつ見てもかっこいい建物です。
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この日の目的地は、丸の内北口改札のすぐ近くにある東京ステーションギャラリーでした。駅前ギャラリーっていいですね。
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没後40年幻の画家不染鉄展を開催中。この展覧会で初めて名前を知った画家ですが、ポスターになっている富士山の絵が好みだったのと、SNSなどでも評判が良かったので興味を持ちました。

www.ejrcf.or.jp

いつものように、気になったものをメモとして残します。

2《夕月夜 不染鉄 大正初期 絹本墨画着色金彩・軸装 個人蔵》
縦長の画面半分に海岸線まで迫った山肌が描かれている。狭い谷間の奥に白い砂浜と暗い海。月はなく海岸線近くに薄く引かれた紅色に陽の名残が見える。フクロウが住む森の中に、数件の家の明かり。
朦朧体や没骨法を用い、何もかもが丸みを帯びたフォルムで描かれているため、柔らかく穏やかな印象を与える。

9《雪之家 不染鉄 大正末期-昭和初期 絹本着色・軸装 法隆寺
しんと静まりかえった雪景色。ちらちらと小雪の降る中に二件の民家。裏は竹林。庭には炭焼き小屋や凍った池があり、人の営みが感じられる。
2と同じく、丸みを帯びたフォルムが優しく可愛らしい印象を与える。

19《奈良西ノ京秋景 不染鉄 大正末期-昭和初期頃 絹本着色・額装 個人蔵》
画面手前に藁葺きの民家。庭と家裏に植わった柿の木の真っ赤に熟した実が目を引く。集落の奥、小川を挟んで稲刈りのすんだ田園。その先に薬師寺東塔が見える。
鉤勒法で描いたもの。《思出之記(田圃)》等にもあった柿の木が繰り返し描かれていることで、不染鉄にとっての赤い実が特別なものだとわかる。

23《秋色山村 不染鉄 昭和初期頃 絹本着色・額装 奈良県立美術館》
紅葉した木々に彩られた山間の集落を描いたもの。画面中央の白壁のある屋敷を中心に、民家が寄り添うように軒を連ねている。山の稜線が同心円を描き、民家の屋根や池、白や金泥で霞が水平を強調し、どこか曼荼羅を思わせる。

30《思い出の夏 不染鉄 昭和10年代頃 紙本墨画・軸装 個人蔵》
南国の木々が生い茂り、浜辺の民家の庭先には洗濯物が干され、日々の営みが感じられる。海から出た大きな岩の上には蟹が歩き、その海中では小魚の群れ。海の深いところには大きな魚が悠々と泳いでいる。
南国の海中と外の動植物の営みを同空間に描いたもの。

43《薬師寺東塔の図 不染鉄 昭和45年(1970)頃 紙本墨画着色・額装 個人蔵》
若草山を背景に薬師寺東塔がそびえる。あけぼのの光の中、薬師寺東塔の手前に広がる大池の水色と霧が混ざり合って若草山にまで続き、塔を囲む木々の濃さと対比させられるかのような幻想的な風景が描かれている。

48《山海図絵(伊豆の追憶) 大正14(1925)年 第6回帝展 紙本着色・額装 公益財団法人 木下美術館》
本展のメインビジュアル。縦横約2メートルの大画面中央に富士山。周りに雪の積もる連山が広がる。手前の太平洋は穏やかな波が平行に走り、海中には様々な魚が悠々と泳いでいる。画面の対角線を結んだ中央に電車が走り、まるで日本横断をしているかのよう。遠景に見えるのは雪の日本海。日本の中心にある霊山としての姿が浮かび上がる。
先日トーハクで富士参詣曼荼羅図を観たばかり。不染鉄の意識にも当然それがあったに違いない。

melonpankuma.hatenablog.com

61《南海之図 不染鉄 昭和30年(1955)頃 紙本墨画・軸装 京都国立近代美術館
縦長の画面の大部分を海として描き、上三分の一に大海に浮かぶ孤島を描いた。海からは切り立った崖がそびえ、人を寄せ付けない雰囲気があるが、その上には集落が見える。波間に漂う一艘の船は、島に辿り着けるだろうか。
黒黒とした岩と波の表現が印象的。

75《夜の漁村 不染鉄 昭和40年代後半 紙本墨画着色・額装 個人蔵》
手前に港がある漁村の風景。暗闇に集落の明かりだけが浮かびあがる。建物の中では宴会が繰り広げられている様子。港の波の音、人々の楽しげな声が聞こえてきそう。山の中の一軒と手前の海に浮かぶ船は蝋を使っているのか、出っ張って描かれている。画面が黒いので和紙の繊維が光るのが、よい効果を生み出している。

79《山 不染鉄 紙本着色・額装 奈良県立美術館》
画面いっぱいに描かれた山には、様々な木々が生え揃っている。画面の右隅に薄墨が縦に引かれ、雨が接近している。山裾には金泥で引かれた霞が流れている。針葉樹の緑の濃さに冬の訪れが感じられるが、動物の姿は全くなく、ただ山頂の木の先端に鳥の巣の気配がある。
あからさまではないものの、展示されたほとんどの作品に人の暮らしや生き物が描かれていたので、この森に全く動物が描かれていないのが印象深かかった。

89《柿 不染鉄 昭和40年~50年頃 紙本着色・額装 個人蔵》
黒い背景に、毒々しく感じられるほどに赤い実が描かれている。「丸く、重たく、おいしい朱色の実の美しさ、面白さをまだ見ぬ人々に伝えたい、描き残したい」と語っている。

 

眺めていて穏やかな気分にさせてくれる絵で、部屋に飾りやすそうな絵が多い印象でした。
不染鉄の没後40年で、今回21年ぶりの回顧展だったようです。今後もこう多くまとめて観られる機会は少なそうだから、思い切って行ってよかったと思います。

写生旅行に行ったはずの伊豆大島式根島に漁師として住み着いてしまうエピソードをウェブサイトで読んでいたので、人嫌いで厭世的な画家なのかと思っていましたが、それは全くの勘違いでした。《生い立ちの記》などを見ても、人の営みを愛しそれを描いた画家であったことがよくわかります。よくよく考えてみれば、人嫌いな性格だとしたら知らない人に混ざり、よく知りもしない土地で漁師なんてできるはずもありません。画家本人の姿を伝えるものとして、太田佳男作の《不染鉄坐像》とモノクロの本人の写真が展示されていました。写真では、小さな坊主頭でわずかに首を傾けてにっこりと笑っていて、威圧感のない人懐っこそうな印象を受けました。

それにしても、この会場の雰囲気のよいこと。東京駅丸の内駅舎内を改装して作られたとあって、古い赤レンガの壁が素敵でした。