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ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展@東京都美術館

春の日差しがまぶしい朝。ソメイヨシノが散った上野公園は、普段の雰囲気を取り戻しました。一年ぶりに都美館の門前に並びます。
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24年ぶりの来日《バベルの塔》、公開三日目の朝9時です。
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babel2017.jp

本当は初日から行こうと思っていたのですが、その日は朝からひどい雨で、ようやく止んだと思って出かけたら、駅への途中で転んで手と膝にお子ちゃま傷を負い、一日分のやる気を失いました。翌日はシルバーデーで大混雑が予想できたので、潔くパス。そして、ようやくの三日目というわけ。

以下、気になった作品を挙げます。

入館してすぐに、順路を無視してバベルの塔のある2階へ。

Ⅷ 「バベルの塔」へ

86ピーテル・ブリューゲル1世 バベルの塔 1568年頃 油彩 板 59.9 × 74.6 cm》
巨匠ピーテル・ブリューゲル一世(ブリューゲル父)の最も世に知られる代表作。ブリューゲルバベルの塔で現存するものは二つあって、今回展示されているのは小バベルと呼ばれる方。聖書にある天まで届けと作られたバベルの塔を、ブリューゲルは地平まで見渡せる圧巻のパノラマで描いた。当時の建築風景を忠実に描き、ゴシックとロマネスクを混ぜて建設に膨大な時間が経っていることを示し、フランドルの風景を混ぜることで現実味を加えている。歴史資料、風俗史資料としても貴重だという。
ちなみに、ピーテル・ブリューゲルは、日本でいえば、海北友松とほぼ同世代。

朝から意気揚々と並んではみましたが、蓋を開けてみれば、そんなに気合いを入れなくても大丈夫でした。コンスタントにバベルの塔の絵の前に十数人が取り囲んでいる状態です。絵に近づけないようスペースが置かれている上に極細密な作品なので、最前列で目をこらしても細部を満足するまで観ることはできません。しかと観たいなら単眼鏡は必須。とはいえ、絵の周りには、部分拡大したパネルや3倍に拡大された複製、3DCG映像シアターなど解説のための資料がたくさん準備されているので、そちらで確認する手もあります。

87《ヒエロニムス・コック コロッセウムの眺め 1551年 エッチング 22.8 × 32 cm》
ブリューゲルの版元でもあるヒエロニムス・コックは、ローマ廃墟を主題にする版画を連作した。ブリューゲルは、当時の巨大建築物コロッセウムを参照して円形塔を描いたとされている。

 

満足したところで、入り口の地下階に戻って、順路をたどりました。

Ⅰ 16世紀ネーデルラントの彫刻

 7《作者不詳 十字架を担うキリスト、磔刑、十字架降下、埋葬のある三連祭壇画 1500年頃 胡桃材、オリジナルの彩色が一部に残る 39.2 × 58 × 3.5 cm( 開いた状態)》
タイトルどおりキリストが十字架に架けられて処刑、埋葬されるまでを描いた三連祭壇画。どの場面もとても細やかに描かれていて、印象に残る。

Ⅱ 信仰に仕えて

 8 《ディーリク・バウツ キリストの頭部 1470年頃 油彩、板 36 × 27 cm》
長髪の男。赤色の服で首もとの宝石飾りが美しい。これほど完全にガン見の肖像画は、珍しいかもしれない。神経質そうな顔立ち。この人物が新興宗教の教祖といって現れたら、私はなかなか信用できそうにない。

10《マナの拾集の画家  ユダヤ人の供く犠ぎ 1460年頃 油彩、板 69.5 × 51.5 cm》
ユダヤ教の過ぎ越し祭の供犠を描いたもの。祭壇の上にある真っ赤な絵にはカインとアベル殺しが描かれている。男らが蒔や生贄の子羊を運んでいる。先日見た酒呑童子で異界の象徴としてされていたから、格子の床に目が行った。

11《ベルナルト・ファン・オルレイ 磔刑のキリストと聖母、聖ヨハネ 1525年頃 油彩、板 140 × 90.5 cm》
中心に磔にされたキリスト、その両脇に青い服のマリアと赤い服のヨハネが跪く。二人の衣装は鮮やかで金色の縁飾りが美しい。その足元には人骨や頭蓋骨が転がっている。空にはキリストを祝福する父なる神と鳩の形の精霊。中空に描かれているの四人の子供を抱えている女と剣を手にした女。背景は青く、ゴルゴダの丘から見渡せる町並みがある。

13《枝葉の刺繍の画家 聖カタリナ 1500年頃 油彩、板 96.6 × 62.8 cm オランダ文化遺産庁よりボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館に寄託》
右手に剣を持ち、左手で開いた本に目を向ける聖カタリナを描いたもの。宝冠や豪華な衣装の描写が素晴らしい。特にスカート部分の刺繍の細やかさと透明感には目を見張る。聖カトリーヌはキリスト教の殉教者で聖人。斬首刑にされたため、剣と共に描かれる。画家の名前は知られていないが、草木の描写がまるで刺繍のようにみえるため、この名前がある。

14《枝葉の刺繍の画家 聖バルバラ 1500年頃 油彩、板 96 × 63.5 cm オランダ文化遺産庁よりボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館に寄託》
左手に右手で開いた本に目をやる聖バルバラを描いたもの。守護聖人で3つの窓をもつ塔や棕櫚の枝と共に描かれている。こちらも宝冠や衣装がとても豪華で、特にベルベットの質感が見事。この時代の絵画はまるで宝石のように煌びやかで贅沢。いくらでも見ていられる。たまらない。

Ⅳ 新たな画題へ

30《ハンス・メムリンク 風景の中の二頭の馬 1490年頃 油彩、板 43 × 16 cm》
レンガ造りの窓から見える風景。水辺で、足を浸して水を飲む白馬とよりそう茶色の馬。白馬の背には猿がいる。これは愛の寓話を示したもので、猿は動物的な要求のシンボル。

31《ヨアヒム・パティニール 牧草を食べるロバのいる風景  1520年頃 油彩、板 27 × 23 cm》
風景画として最初のもの。パティニールは風景画家の先駆者で、前景は茶色、背景は青みがかった緑色と白に近い青色を使う手法が、奥行きと鳥瞰図的な視点をもたらしている。

32《ヨアヒム・パティニール ソドムとゴモラの滅亡がある風景 1520年頃 油彩、板 22.5 × 30 cm オランダ文化遺産庁よりボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館に寄託》
ソドムとゴモラはそれぞれ神の怒りに触れて天からの硫黄と火で滅ぼされたとされる都市。右端に、天使に導かれて逃げるロットとその娘二人が極めて小さく描かれている。画面中央にそびえるのはかつてロットの妻だった塩柱。この時代、聖書の登場人物を小さく描くのは珍しいことだった。

Ⅴ 奇想の画家ヒエロニムス・ボス

40《ヘンドリック・ホンディウス1世 ヒエロニムス・ボスの肖像 1610年 エングレーヴィング 14.9 × 11.8 cm》
丸みのある帽子を被った丸顔で女性的な容貌。眉間に細かく深い皺ができるほど何かを一心に見つめている。背後には奇怪な生き物の絵。
エングレービングは版画の凹版技法のひとつで、ビュランという器具で銅版に線を彫り、その溝インクを詰めて刷る。細かい線や文字などの再現性がよく、最高級印刷の分類に属する。

41《ヒエロニムス・ボス 放浪者(行商人) 1500年頃 油彩、板 71 × 70 cm》
貧しく、左右で不ぞろいな履物で杖をつく放浪者。背負った籠にはひしゃくと猫の毛皮。右手に持つ帽子には糸と独楽。腰には短剣と財布。上着の袷から小動物の脚。身なりから定まった職業ではないことがわかる。男が振り返る視線の先には白鳥の看板を掲げた一軒の宿屋。屋根に水差しが挿してあるのは、そこが売春宿であるということを示している。窓から覗く女は見送っているのか。建物の陰には排泄する男。庭先には餌を食べる親子の豚。木の上に梟。柵の中に牛。卑屈な目線で身をかがめる犬。犬は後から描き直したのか、背中の輪郭がぶれている。埃っぽい乾いた色彩の中に、寓意を秘めた様々なオブジェを配して想像をかきたてる。元々は三連画(トリプティック)の外蓋に当たる部分に描かれたもの。
プラド美術館所蔵の別の三連画《干草の道》の扉画《人生の道》に、そっくりな男が描かれていて、良く見るとブーツも同じ。人生の道の男の馴れの果てがこの放浪者なのかもしれない。

42《ヒエロニムス・ボス 聖クリストフォロス 1500年頃 油彩、板 113 × 71.5 cm ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館》
子供を背負い、杖をつき疲労した顔で水を渡る巨人。腰に大きく赤い衣をたくし上げている。聖クリストフォロスはキリスト教の聖人。信仰心から川を渡る人に無償で手助けしていたが、ある日子供を背中に担いで川を渡っていたら、急に子供が重くなった。その子供の正体はイエスで、全世界の人々の罪を背負っていたために重かったという逸話。画の中で杖から若葉が出ているのは、イエスの奇跡によるもの。
ボスの作品らしく、この画の中にも様々な寓話が隠されている。杖にぶら下がる魚、水辺で水を汲む女。水辺に生えている木の天辺には傘を掛けている男がいる。幹の途中には梯子のある水差し形の小屋。水差しの口から男が覗いている。ランプや洗濯物があるところを見ると、生活の場所らしい。左の画面を見ると、巨人の足元近くに魚に羽が生えたような生き物。腰の辺りには、熊の死骸を木に吊るす男がいる。川の向こう岸では廃墟から奇妙な生き物が身を乗り出し、裸の人物が驚いている。遠くの森にある光は火事かもしれない。

ボスはレオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同世代。日本では土佐光信あたりに相当。伝土佐光信の《◎百鬼夜行絵巻》の製作が時代的に近いことを思うと、距離を隔てていても、人々の世界感の近さを感じずにはいられません。

Ⅵ ボスのように描く

47《ヒエロニムス・ボスに基づく 聖アントニウスの誘惑 1540年頃 油彩、板 50 × 39.5 cm》
リスボン国立美術館蔵のボスの作品の模写。修行中の聖アントニウスが、さまざまな誘惑を跳ね除ける姿が描かれている。画面中央の祭壇に跪いて祈る青い衣の男がアントニウス。覆いかぶさるように女が誘惑し、その周りには空にも地にも奇怪な化け物がうごめいている。

48《画家J・コック 聖アントニウスの誘惑 1522年 木版 26 × 38.3 cm》
ボスの作品の模写。聖アントニウスの祈りを邪魔しようとする、グロテスクな生き物がところ狭しと描かれている。

60《作者不詳(ヒエロニムス・ボスの模倣) 彫版 ピーテル・ファン・デル・ヘイデン ムール貝 1562年 エングレーヴィング 19.6 × 28.7 cm》
ボスの画のコピーを元にした版画。水に浮かぶムール貝の中でひしめき合って音楽を楽しむ人々が描かれている。抱き合いキスする男女、バグパイプと水差し持って吐く男、トライベット(五徳)を弾く男、ハムとパンを掲げる女、木の枝には奇妙な鳥が止まり、水差しと魚が吊るされる等、寓意に満ちたアイテムが描き込まれている。

Ⅶ ブリューゲルの版画

65《ピーテル・ブリューゲル1世 彫版ピーテル・ファン・デル・ヘイデン 聖アントニウスの誘惑 1556年 エングレーヴィング 23.1 × 32.3 cm》
ボスを継承する奇怪な生き物がうごめく。画面右下で聖アントニウスは跪いて地面においた聖書を唱えている。水差し、花瓶、吊るされた魚、鳥かご、ナイフ、メガネ、ブーツなど、ボスがよく描いたアイテムがいくつも形を変えて登場する。

66《ピーテル・ブリューゲル1世 彫版ピーテル・ファン・デル・ヘイデン 大きな魚は小さな魚を食う 1557年 エングレーヴィング 21.8 × 30 cm》
ブリューゲルのボス風作品だが、画面左下に創案者、ヒエロニムス・ボスと銘を入れている。ボスがよく描いたアイテム(ナイフ、ブーツ、水差し、花瓶、吊るされた魚、ムール貝など)がふんだんに盛り込まれている。画面左に足が生えた魚がいる。本展のキャラクター、タラ夫はこれに着想を得ている。

67《ピーテル・ブリューゲル1世 彫版ピーテル・ファン・デル・ヘイデン 大食1558年 エングレーヴィング 21.1 × 29.3 cm》
七つの大罪を主題にした連作のひとつ。欲望のままに飲んで食べて。橋の上から川に向かって吐いている。水差し、杯、鳥かご、樽、梯子、吊るされた魚など、ボスがよく描いたアイテムが形を変えて登場する。

76《ピーテル・ブリューゲル1世 野ウサギ狩り 1560年 エッチング 22 × 29 cm》
前景に大きな木。兎を狙う二人のハンターと猟犬。高台には城があり、ふもとには川が流れ、帆船が見える。ブリューゲルが自分で彫版したもの。

71《ピーテル・ブリューゲル1世 彫版ピーテル・ファン・デル・ヘイデン 忍耐 1557年 エングレーヴィング 32.4 × 43.3 cm》
アントニウスの誘惑と似た世界。画面中央下に十字架を手に祈る女。大きな石に鎖でつなぎとめられているのかもしれません。体が卵の殻でできた男。水差し、ナイフ、スプーン、梟、吊るされた魚、ベル。そして、様々な奇怪な生き物。画面右、鳥頭の少女みたいな生き物が目を引く。

84《ピーテル・ブリューゲル1世 彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン 阿呆の祭り 1570–1572年頃 エングレーヴィング 32.1 × 43.3 cm》
フードを被った男たちがところ狭しと馬鹿騒ぎしている。音楽が鳴り、踊り、歌い、笑い、叫び、実に狂騒的。足元に転がる球体が不気味。フードを被った頭の曲線と響き合う。やはりここにもボス的なアイテムが登場する。

 

この後、また2階に上がってバベルの塔を見て、さらに地下階に戻ったりしてウロウロと3周したらヘトヘトになりました。都美館の企画展示室は一方通行なので、戻るのが大変です。次はもっと効率よくエレベーターを使おう。

ミュージアムショップを出たところにタラ夫がいました。すね毛が生えてます。なんとも汚らしいですねえ。元絵の方は影が入っているだけなんですが、これをすね毛にしちゃうところが、やりますねえ(お気に入りです)。
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出口行きのエスカレーターを下る途中に記念撮影コーナー。バベルの塔は、描かれている人物を170cmと見積もると推定510mになるそうで、100階建のビルに相当するようです。大きさの比較として東京タワーと通天閣のシルエットが並んで置かれています。
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出る時にロッカーに荷物を取りに行って気がつきましたが、入場口のすぐ近くに大友克洋さんの新作《INSIDE BABEL》が展示されていました。
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切られたケーキのようなバベルの塔です。大友克洋氏のスケッチを元に、河村康輔氏がバベルの塔から抽出した色を使って彩色合成したものだそうです。
 

美術館の後は、アトレ上野でバベルの塔。注文したら、店員さんに「かなり大きいですよ」と心配顔で念押しされた、ザ・タワー オブ バベル ケーキ。
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美術館で消耗しきってたので、なんとか完食。期間中、バベルの塔展の半券を提示すると一割引です。

ハードロックカフェ
〒110-0005 東京都台東区上野7-1-1 アトレ上野1F
1,700円(平均)1,000円(ランチ平均)

 

最近日本画の展覧会にばかり行ってますが、はるか遠い昔、私が最初に買った買ってもらった画集はボスのものでした。当時から日本画に魅力を感じていましたが、当時の極めて狭い世間で日本画の方向に興味の幅を広げてくれる出会いもなく、学校の必履修科目では油絵を描いたし、なんとなく西洋画がエライのかなあと学ばされていた時、私が興味を抱いたのがフランドル絵画でした。中でもボス。名前からして強そう(違)ヒエログリフみたいな神秘性も感じるし(違)ボスの絵は魅力的で、パーツひとつひとつが寓話性に富んで謎解きのような楽しみがあるし、漫画みたいだし、なにやら奇怪で卑猥でどんなに眺めても見飽きません。ただし、あまりにも異端すぎて、大声でボスが好きと言うのは憚られるような気がしていました。若かったので。それから、すっかり年を取り、日本画をよく観るようになって改めて思うのですが、ボスはやっぱり面白いんですよね。開国以前の日本画との共通性を感じます。同時に、自分の好みの一貫性に気づかされて、我がことながら可笑しいなあと。画家が三次元を二次元に閉じ込めようとする時代になる前の、平面上の完成度を追求した作品。つまり遠近法をことさら意識していない頃の絵に、私は強く惹かれるようです。つまり西洋美術が常識になってしまった現代人にとってのジャポニズムを楽しんでいるようなことなのでしょう。結局のところ回帰なんですね。

 

都美館にチラシがありました。今年12月にはドキュメンタリー映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」が渋谷のシアター・イメージフォーラムで上映されるそうです。こちらも楽しみです。

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