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江戸絵画の不都合な真実 狩野博幸著

私は、人の名前を覚えるのが大の苦手なので歴史は不得意です。歴史の本といえば真っ先に「逆説の日本史」を思い出して、あれは面白かったなあと思う程度の興味しかありません。なので、狩野博幸著「江戸絵画の不都合な真実」を手にした時も、心の中に論証よりもロマンを楽しむものだろうという考えがあったのは事実です。

江戸絵画の不都合な真実 (筑摩選書)

江戸絵画の不都合な真実 (筑摩選書)

なので、最初は麗しき花実楽園のカンヴァスのようなフィクション物と同系列の感覚で軽く読み進めていました。時に現れる語彙の荒さを読み飛ばすこともあったので、なおさら。私にとっては、扇情的に書かれた文章は信憑性を下げるのです。しかし、論証の確かさからこの本はマトモだと思い直し、あわてて作者を確認して著名な美術史家だと知り、今京博で開催している若冲展の監修をされているのはこの方かとようやく思い当りました。人名を覚えるのが苦手なので、よくこういうことをやらかします。

 

この本では、岩佐又兵衛、英一蝶、伊藤若冲曾我蕭白、長沢蘆雪、岸駒、葛飾北斎東洲斎写楽について章が割かれています。私が愛する洗練された数々の作品を生み出した絵師ばかり。しかし、この本から浮かび上がってくる絵師達は、それぞれに人間臭い複雑な事情を抱えています。若冲の絵などを見ているとあまりの完成度に、天才として、自分達とは違う別の神々しいものとして見たくなる気持ちが生まれてきます。そうじゃない、絵師達は温かい血の通う人で、それぞれに複雑な世の中を生きた人達だったと、この本は訴えます。

どの章も興味深い話ばかりですが、中でも英一蝶の宗教に絡んだ逸話には引き込まれました。時の為政者や伝統的な門下の絵師から見ての「不都合」な話は、一方でその絵師が無視できない存在であるがゆえのこと。英一蝶の風俗画の本質が「伊達を好んでほそ」いところであったというのにも惹かれました。

写楽については、未だ「謎」とされているのに辟易とされているのが、読んでいて面白かったです。商業的にはミステリアスにしておいた方が話題になるので、今後も展覧会などでは「謎」のままにされそうですね。