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見立とやつし

先日、東京国立博物館仮名手本忠臣蔵に見立た浮世絵をいくつか見ました。その中の名称に、三つ「見立」、一つ「やつし」と入っているものがありました。

その後、資料館で「図説『見立』と『やつし』日本文化の表現技法」という書籍を目にし、その違いが気になったので、調べてみました。

 

この本で扱っている「見立」「やつし」の問題は、国文学者岩田秀行氏が見立と仮題がついている鈴木春信の浮世絵の中で、本来はやつしとしなくてはいけないものが混ざっていると、「見立絵」の概念規定に異議を唱えたことに端を発しています。

この本の「はじめに」で国文学研究資料館教授である山下則子氏は、

「見立」「やつし」を一言で定義することは難しいが、あえて言えば、「見立」はあるものを別のものになぞらえること、「やつし」は昔の権威あるものを現代風に卑近にして表すことと言えよう。

として、浮世絵の「やつし」として、風流、今やう、其姿紫(そのすがたうつし)の題があるものを示し、「見立」として擬(なぞらえ)、准(なぞらえ)の題がついたものと、役者を描き、見立、当世と題がついたものを示した。

 

国際浮世絵学会常任理事の新藤茂氏は、見立を Correspondence やつしをTransformation とし、見立とやつしでは主題と描かれるものの思考順序が逆になると説明し、鈴木春信が活躍した時代に注目して以下のような特徴があるとした。

  • やつし絵とは、主題が姿を変えて描かれた絵のこと
  • 風流やつし絵とは、古典的な題材を当世風に姿を変えて描いた絵のこと(近代以降、見立絵とも呼ぶ)
  • 見立絵とは、異なるものを連想で結びつけて主題にした絵
  • やつしは人間同士に限られる
  • 描かれた人物が有名人なら見立
  • 描かれた人物が無名の人ならやつし
  • 見立は思考順序が逆になっても成立する

以上を踏まえて、題名のない絵に仮題をつける際は、絵師の思考の立場で命名されるべきと主張した(見立として現在名が知られているものの中にやつし絵が含まれているため)。

 

以上、浮世絵の部分に注目して簡単に紹介しましたが、やつしと見立の概念の違いは目から鱗が落ちる思いがし、この本で取り上げられたわけではありませんが、たとえば、春信の《やつし蘆葉達磨》が決して《見立蘆葉達磨》にならないことが腑に落ちて理解が進みました。なにより、私のような浮世絵に慣れない鑑賞者としては、その区別がつくことで、やつしであれば主題の背景を踏まえて観ることが求められるし、見立てであればコスプレ写真のようなもので主題のシーンを切り取っただけと思って観ればいいのだと、描かれている絵の解釈範囲のヒントが得られたのが有意義でした。